WebDINO Japan では、ネットワーク資源有効活用に向けたインターネット動画サービス利用時の実ユーザの体感品質値を測定・分析するプロジェクト「Web VideoMark」に取り組んでいます。
新型コロナウイルス感染症拡大の影響によりデータ通信量が急増していることを受け、本プロジェクトによる計測データを用いて、ネットワーク環境の推移を比較・監視しつつ、動画サービス利用に関するユーザ行動・視聴環境の変化も分析していけるよう、ログデータの分析フレームワークを新規に開発し、それを用いた分析結果やデータの公開を始めました。
ここでは、その最初の分析として、一部企業の在宅勤務増加や政府による 2 月 26 日のイベント中止・延期要請と 3 月 2 日の小学校臨時休校を転機に通信量が大きく変動したと言われている 2 月と 3 月のデータ比較をご紹介します。その後の 4 月 7 日の緊急事態宣言の発令以後の変化やゴールデンウィーク中の影響などについても、ログデータの解析と分析が出来次第、追って報告します。
追記: 緊急事態宣言発令以降の変化について報告する記事 を公開しました。
分析結果概要
Web VideoMark の利用者による動画配信サービス利用時のログデータから次の結果が得られました。
- 視聴時間分布:
3 月は自宅勤務や休校などの影響により平日日中に動画の視聴回数が増加、土日は外出の自粛などを背景に動画の視聴回数が増えている。 - 視聴するサービスの変化:
YouTube やニコニコ動画といった CGM が主な動画配信サービスより、Amazon Prime Video、AbemaTV、TVer といったテレビ番組・ドラマ・アニメなどのコンテンツ配信サービスの視聴数が大きく伸びている。 - ネットワークの通信品質:
実ユーザが実動画配信サービスを利用する際の応答時間・スループットの計測結果からは、大規模な輻輳は観測されなかった。但し平日深夜など応答時間が伸びているケースもあり、ビデオ会議などの妨げになる可能性があるため継続的計測が必要。 - 動画配信サービスの体感品質:
ピーク時間帯でも平均スループットは一般的な動画のビットレートより十分高く維持されており、動画再生時の体感品質への悪影響は見られない。逆に動画視聴環境・視聴行動の変化により大きな画面で再生して体感品質の高い視聴が増加。 - YouTube のデフォルト解像度変更:
デフォルト解像度を標準品質 (480p) に下げて消費通信量を緩和する措置を欧州・北米に続けてグローバルに広げると発表されたが、日本ではまだ従来通り変化が見られない。
応答時間の大きな伸びはビデオ会議やリモートデスクトップでの同期性の低下による大きな体感品質の低下に繋がる可能性があり、今後より注意して実ユーザ環境での計測データによるネットワーク分析を行っていく必要がありそうです。
動画視聴数: 視聴行動の変化
インターネットや動画配信サービスの利用傾向は平日と土日とその時間帯によって大きく異なることが知られています。そこでまず、2 月と 3 月視聴件数 (定点計測端末による計測を除く) の 24 時間帯別分布を平日と土日祝日について分けてそれぞれ比較し、利用者の視聴行動の変化を確認します。
平日の視聴数分布を見ると、2 月は日中に比べ夕方から夜間にかけて視聴数が多い一方、3 月には日中の動画視聴数も夜間のピークタイムと近い視聴数となっており、日中の動画視聴数の増加傾向が見られます。深夜時間の視聴数の増加傾向も見られます。
同じく土日の視聴件数の分布を見ると、2 月は 21 時以降の夜遅い時間帯の視聴が多い一方、3 月は昼前から深夜 3 時頃まで継続的に視聴数が多く、広い時間帯で日中の視聴数が増えていることが分かります。
注: 各期間でのユーザ数の違い (増加) の影響もあるため、計測数の絶対値の違いは 1 人当たりの動画の視聴回数の変化は判断できません。そのため、ここでは「視聴時間帯の分布」を比較しています。
平日日中の視聴割合の増加は自宅勤務や休校などの影響により自宅で PC を利用する時間が増えたこと、土日祝日の日中は外出自粛によって自宅で動画視聴をする時間が増えたことを反映していると思われます。
また、視聴する動画サービスの分布についても 2 月と 3 月でのサービス別の動画視聴数比率を、この期間の計測サンプル数が比較的多いサービスについて比較しました。次の通り YouTube やニコニコ動画より、Amazon Prime Video、AbemaTV、TVer の方が視聴数の比率が高くなっています。
動画配信サービス名 | 視聴サンプル数比率 | 増加率の対 YouTube 比 |
---|---|---|
ニコニコ動画 | 1.27 倍 | 0.92 倍 |
YouTube | 1.376 倍 | 1.0 倍 (基準) |
Amazon Prime Video | 1.76 倍 | 1.28 倍 |
AbemaTV | 2.32 倍 | 1.68 倍 |
TVer | 4.11 倍 | 2.98 倍 |
注: 計測者母集合にも変化があるため視聴サンプル数の増加率は各サービスのユーザ数や利用数を直接表すものではありません。また、YouTube 以外は計測サンプル数が 1 桁以上小さく、誤差が大きな数値であることにご注意ください。
在宅オンラインエンターテイメントとして動画視聴の需要が増えたことを背景に、ユーザ投稿型の動画を中心としてザッピングや「ながら見」の対象となる動画の多いサービスよりも、TV 番組やドラマ・アニメといったコンテンツ動画を中心として決まった動画を見に来る利用者の多いサービスの利用傾向が高まったのではないかと考えています。
応答時間・通信速度: ネットワーク混雑状況の変化
OCN のフレッツトラフィックでは、平日昼のダウンロード通信量は 3 月頭に 4 割程度、その後更に 1 割程度増加、IIJ のフレッツトラフィックでも 3 月頭に昼間通信量が大きく増加、一日平均で 15% の増加などと報告されています。
フレッツトラフィックでは、平日昼の通信量が従来の休日昼の通信量程度に、昼のピークは夜間のピーク程度に増加し、夜間ピーク時間帯 (21 時〜23 時) の通信量については 10% 未満の比較的小さく伸びています。他のデータでも通信量の増大が報告されていますが、総務省の資料によると、国内のインターネットインフラは、マクロな視点では一定の余裕がある状況で大きな問題がない認識との見解が示されている。
但し、これは ISP レベルの通信トラフィック総量というマクロ視点であり、フレッツ網の光分岐や PPPoE 終端装置での輻輳など、ユーザ視点で体感するミクロなネットワーク品質を観測したものではありません。
Web ブラウザは動画再生中に CDN サーバから数秒単位に分割エンコードされた動画ファイルを順次ダウンロードし、連結再生します。Web VideoMark では各ファイルダウンロード時の応答時間とスループットを計測し、その推移や分布から実ユーザが実サービスのサーバと通信する際のミクロ視点での通信品質の変化を確認できます。
時間帯毎の平均スループット
ここでは、1 視聴毎の平均値を算出した上で、視聴開始時間帯別に平均値を集計したものを紹介します。まずは通信帯域の逼迫がないか確認するためスループット (CDN サーバからの動画ファイルダウンロード速度) について確認します。
スループットは平日・土日祝日いずれも極端な変化は見られません。土日祝日の深夜早朝は比較的空いていて速度が出ていますが、平日昼や土日祝日の午後から夜までは通信速度が比較的低いことが見て取れます。いずれも平均 60Mbps 以上の速度が維持されており、動画配信などの通信帯域としてはまだ十分に余裕があります。実際、後に紹介するとおり動画再生時の体感品質の低下は見られません。
時間帯毎の平均応答時間
次に応答時間 (RTT) を確認します。サーバが混雑して応答が遅くなるまたは通信経路上に輻輳がある場合に長くなります。
日中から夕方の時間帯は、平日は大きな変化は見られません。土日祝日は 3 月に伸びており、深夜時間帯は平日は 0 〜 1 時に倍以上に伸びている一方、 3 月に 0 〜 4 時まで半分以下となっています。ただしその差は 1 秒未満であり極端な混雑が頻発する時間帯はないようです。
サーバ応答時間の日別集計
更に、月別平均の差が大きい時間帯を抜粋して日別平均を出すとこのようになります:
日別・時間帯別でのクロス集計では、サンプル数も限られ分散も大きくなります。平日深夜と土日祝日の昼は平均応答時間の長い日が多くなっている印象がありますが、多くは突出して応答時間が長い特定日が月間差の要因と見えます。連続的・継続的に応答時間が秒単位で延びる程の混雑は見られません。
とはいえ、ストリーミング型のサービスは最初の読み込み時間やシーク時の待ち時間にしか影響ありませんが、平均応答時間の延びは同期性のあるサービス体感品質に大きく影響します。新型コロナウィルスにより需要が急拡大している電話会議・遠隔講義 (あるいはオンラインゲーム) などでは、応答時間の長いネットワーク環境の利用者がいると音声・映像の送信が遅れ、円滑なコミュニケーションの妨げとなります。この点については今後もミクロ視点の計測データに注目・分析を継続していきます。
動画配信サービスの体感品質の変化
2 月に比べ 3 月にネットワーク通信品質 (応答時間・スループット) は低下していることが観測されましたが、 実際の動画配信サービス利用時の体感品質にはどのような影響があるのでしょうか。
Web VideoMark では、動画の再生開始から終了までの間に、動画のビットレート・解像度・停止時間などのパラメータを計測し、視聴者の体感品質を 1〜5 の数値 (5 が高評価) として推定計算する機能を持っています。各動画視聴毎の体感品質値を 2 月と 3 月について計算した結果は次のようになります。
通信速度低下や応答時間上昇があった時間帯とは関係なく、2 月よりも 3 月の方が実際のユーザが体感する品質が全体的に上昇したという結果です。これは予想と反するかもしれませんが、今回動画のビットレート (FullHD でも数 Mbps) に対して通信速度は一桁以上高くネットワーク要因の画質低下の影響は小さいため、他の変化が主要因となっていると考えられます。
補足: 体感品質値は再生中のビットレート・解像度・バッファ切れによる一時停止時間などをパラメータとして算出しています。帯域が十分にある場合、応答時間の影響は再生開始時と未バッファ部分へのシーク時の待ち時間のみであり、前者は全体の体感品質に大きく影響せず、後者も再生中に多数回行う計測サンプルは全体として少数であるため、応答時間が延びた場合でも平均体感品質値への影響は小さくなります。
再生解像度分布を見ると、2 月より 3 月は高解像側の動画再生が増えています。
動画再生プレイヤーでは一般に、通信速度が十分ある限り、画面上で動画を表示する領域の大きさに応じた解像度の動画を選択・再生します。前述の通り通信速度は十分ですので、動画再生時の表示領域サイズが大きくなったと推定されます。在宅勤務中あるいは休校により日中動画を見ることが増えた学生などが、画面の片隅で小さく再生するのではなく全画面表示などより大きく表示して視聴している割合が高くなっているのではないでしょうか。
YouTube のデフォルト解像度変更
欧州では EU が通信ネットワーク障害予防の観点から、コンテンツ事業社に対してトラフィックの抑制が呼びかけられ、それに応える形で Netflix、Amazon Prime Video、YouTube などの動画配信サービスが動画再生品質 (デフォルト設定) を低下、SONY などがゲームのダウンロード速度低下などの対応を行っています。
特に YouTube については欧州、北米に続け、デフォルトの再生品質を標準画質 (480p 解像度) に低下させる措置をグローバルに順次展開していくことを 3 月 24 日に発表しました。そのため、YouTube は既に日本でも通信帯域抑制のためデフォルト解像度を低下させていると誤解されている方が増えています。
しかし、本記事公開の 4 月末時点で、日本においてはその帯域抑制措置は実施されていないようです。実際に国内環境で YouTube の動画を再生品質を自動にして再生すると 720p などの HD 画質が選択される挙動は従来から変更ありません。これは次のように、Web VideoMark 利用者の計測データ (定点観測ボットを除外したデータ) から確認できます。
再生解像度は動画や再生時の表示領域などに依存しますし、24 時間帯と 120px 区切りの解像度によるクロス集計を取ったことで各項目のサンプル数が少なくバラツキが大きなデータですが、標準解像度 (480p) となるピンク以下の解像度は 3/24 以降の方が少なく、HD 解像度 (720p) となる緑以上の解像度の方が増えていることは確認できます。混雑時間帯だけ標準解像度をデフォルトにするというような振る舞いも見られません。
追記: YouTube のアナウンス ではデフォルトで標準解像度への変更をグローバルに展開すると書かれていたため 480p への変更に着目しましたが、国内では従来 FullHD 解像度 (1080p) などで配信されていた動画も HD 解像度 (720p) をデフォルトとする変更がなされている可能性があります。本調査でも灰色 (1080p) が減少し緑が増えていることからそれが伺われます。
この点については 4 月以降も変化がないか今後継続して確認していきます。
母集団: 分析対象データについて
ここで紹介したデータは Web VideoMark プロジェクト で提供している ブラウザ用拡張機能 または Android 用ブラウザを使って計測に協力いただいている方が、それぞれ実際の利用環境で YouTube などの各種動画配信サービス視聴時に計測・収集したログデータと、定点自動計測を行うボット端末による計測ログデータを対象として分析しました。
分析対象とした、2 月と 3 月の動画視聴 (計測) の時間帯別件数は次の通りです:
利用者には性別・年齢・住所などの属性情報の入力もお願いしておらず、アカウントなどの紐付けも行っていない匿名での計測となります。従って、利用者の属性による分析や人口分布に対する補正は行っていませんし今後も行いません。
一般に、都道府県などの大まかな所在地や ISP については、データの送信元 IP アドレスから推定する GeoIP と呼ばれる仕組み (GCP や MaxMind などが提供するデータベース) が利用可能です。Web VideoMark でも GeoIP による分析は行っていますが、その結果とのクロス集計を行うにはまだ計測協力者と計測サンプルの数が十分ではないと考えています。計測に協力いただける方が増えてきたらそういった視点での分析も公開を検討しています。
計測へのご協力のお願い
Web VideoMark プロジェクトでは、実際のサービス利用時のネットワークや体感品質を計測・推定するデータを、インターネット調査に協力いただけるボランティアによって計測・収集し、その結果を オープンデータ として公開しています。本記事で紹介したような分析結果チャートも、今後 統計情報ページ などに随時掲載していきます。
本プロジェクトでは計測に協力いただく皆さんにアカウントを発行したり、既存の外部アカウントと紐付けたり、住所・氏名などの個人識別情報や、性別・年齢・職業などの個人情報の入力を求めたりすることは一切行っていません。従って計測ログデータにそれら個人情報を含むことはありません。また、インストール時に乱数生成する計測端末識別 ID は一定期間ごとに自動変更 (設定画面で即時変更も可能) し、更に視聴数の少ない動画のログをフィルタするなど、視聴履歴の統計処理による個人再識別も行えない処理をするなど、プライバシーには最大限配慮してログデータを公開しています。
そのため利用者属性を用いた分析などは行えませんが、協力いただける方が増えるとより正確で詳細なネットワーク分析を継続的に実施することが可能となり、マクロな計測だけでなくよりミクロな視点で、実際の利用者が実際のサービスを利用する際の品質データを公開し、ネットワークの輻輳・障害を事前に予測して設備増強をしたり、実サービス利用時の品質で ISP や通信キャリアの比較も行えるようになると期待しています (計測データ数が一定以上に増え次第、比較結果を公開予定です)。
興味を持たれた方は プロジェクトのページ をご覧いただき、Chrome や Edge などの対応ブラウザに 拡張機能 をインストールして、普段通りに動画を見てください。他に何もする必要はありません。誰でも簡単に参加できるインターネット品質調査ですので、ぜひ一人でも多くの方にご協力いただければと思います。
また、ネットワーク事業者や動画サービス提供者あるいは研究分析をされる皆さんには、より詳細なデータ提供やご説明も可能ですので、ご関心のある方は WebDINO Japan までお問い合わせください。